身体感覚でいこう

京都から帰って参りました。
140Bの大迫力と書いてオオサコチカラです。


月曜日は、取材が夜遅くになるのが分かっていたので、京都に宿を取って1泊してきました。
まあ、泊まるだけ・4500円のワンルームマンションを貸しに出したという感じの部屋ですが、
それはそれで、知らない街で過ごすというのはやっぱり楽しいものです。
部屋にはもちろんシャワーはあったんですが、近くの銭湯へ行ったり、朝は喫茶店でお茶を飲んだり。
だいたいどこかへ出かけると、その土地のものが食べられる居酒屋、商店街、喫茶店へ行きますが、
たぶん「その街の言葉」が聞こえる場所へと向かっているのだと思います。


そう言えば、株主でもあるリナックスカフェ平川克美さん(http://plaza.rakuten.co.jp/hirakawadesu/)も大好きな、
川本三郎さんも、「知らない風景の中を歩くときは、五感を敏感に働かせてその街のことを分かろうとする」、
というようなことを書いておられましたが、まさしくそんな感じで、
知らず知らずのうちに、その街の磁場があるところへと身体が引き寄せられているのでしょうか。
出かけると、飲んだり食べたりしているだけなのにどっと疲れるのはだからであって、
それはそれで身体の感覚がきちんと働いている証拠なんだと勝手に思っています。
(きっと昨日の帰りの京阪電車で爆睡だったのもそのせい)

言葉のなかに風景が立ち上がる

言葉のなかに風景が立ち上がる



というわけで、昨日はあんまり頭が回らない状態で夕方にダイビルに戻ってきたのですが、
何本かの電話をしているうちに、あっという間に今週から来週のスケジュールが埋まってしまいました。
キョースマの第2号とともに、『京都を買って帰りましょう』の続編とも言うべき、
大阪のモノを紹介する本を、同じくエイ出版から7月中旬に発売することが決まったためです。


続編とは言っても、ぜんぜん違う本になるであろうことは、ネタ集め段階である今の時点でもはっきり分かります。
というか、たたき台としての企画書は僕が書いたのですが、『買って帰りましょう』を参考にしていると、
明らかに「違う」ということが、その時からもうひしひしと分かってしまったのです。
街の性格が違う、モノの成り立ちが違う、それらを買うことの意味も違う…
京都の場合は、登場するモノのジャンルで分けるというしごく明確な構成でしたが、
今回の大阪の場合は「それがどんなふうに大阪らしいのか」という、1回ひねった着地のしかたになりそうです。


例えば『大阪を買って帰りましょう』みたいに、全く同じパッケージで、
やってやれないことはないのでしょうけれど、でもそれってイヤですやん?
いや、昨日のNHKの『プロフェッショナル』(http://www.nhk.or.jp/professional/)で隈研吾が言ってたような、
「プロとは、同じことを2度しない」というようなカッコいいポリシーめいたものではなくて、
もっと単純に、違うってことが、もうそれこそ身体感覚として分かっている時に、
何も方法を変えないっていうのは、怠慢なのか、あるいは身体感覚がニブいのかどちらかなわけですから。


というわけで、やっぱり身体の欲するものには正直でないとイカンてことで、
昨日からもう気になってしかたのなかった万城目学さんの新刊『鹿男あをによし』を買いに走るのでした。

鹿男あをによし

鹿男あをによし



あ、実は「ほぼ日刊イトイ新聞」の「担当編集者は知っている」というコーナーに、
キョースマの話しを書かせてもらいました。http://www.1101.com/editor/index.html
(ご紹介くださったフジモトさん、ありがとうございます!)